一般的な治療
基本的には、動物の心臓病の治療は内科治療中心になります。
ただし、先天性の心臓病の場合は、状況によっては直ちに手術が必要となる事もあります。
残念ながらヒトの心臓病と同じく、根本的には治らない病気のひとつですのでお薬での治療には限界があるため、酷くなってしまってからの治療効果はあまり得られない場合もありますが、できるだけ早期に治療を開始する事で症状のコントロールがしやすくなり、結果的に寿命を延ばす事も可能です。
ヒトであれば「自覚症状はあるけど傍目には解らない程度」だったり、検診の心電図検査で判明したりと、かなり初期段階での治療が可能ですが、ワン子やニャン子の場合はその「自覚症状」を自ら訴える事ができないため、ほとんどのケースで見た目で明らかに異常が判るほど症状が進んでから来院されます。
獣医師による定期的な健康診断でも、聴診で雑音が聞こえるなどの異常が発見された時点ではすでに、心臓病はある程度進行してしまっていることが多いです。
治療方法は、各種心臓検査や、血液検査などを行った上で、1~数種類の内服を毎日投与していくことになります。
それと同時に、食事管理を中心に毎日の生活習慣の改善も必要となります。
心臓病を患っている多くの子で、腎臓や肝臓にも負担がかかってきますので、個々の状態を常に把握しながら、お薬を選択・調整していきます。
また、薬を飲めば治る・手術をすれば後は健康体になるという種類の病気ではありませんので、治療にはお父さんお母さんの深いご理解とご協力が必要不可欠です。
心臓病の種類
後天性心臓疾患
僧房弁閉鎖不全症
三尖弁閉鎖不全症と並んで、ワン子に最も多い心臓病です。
ワン子に特有の老齢性変化のひとつで、加齢に伴い僧房弁という心臓の弁が徐々に変性・変形していきます。
当院の検査データでは、およそ5~7歳頃から弁の変性・変形が始まり、やがて弁の間に隙間ができる事で逆流し始めます。
加齢と共に弁の変性が進むほか、すでに逆流が始まっていると、漏れ出している箇所の変性がさらに進んでしまうために症状は徐々に悪化していきます。
本来は加齢と共に起きる変化ですから、最初のうちは心臓を含めた各臓器が頑張って心臓の働きを助けているので症状が表に出てきませんが、それもいずれは破綻してしまい、そうなると咳込んでみたり、呼吸が荒くなったりと、見た目にも判る症状が現れます。
なので、見た目で判るほどの症状が現れた時点ではすでに、心臓病はかなり進行していて自力ではカバーしきれない状態にあると言えます。
通常はこの段階になって来院するワン子が多く、すでに内服に頼らなければならない状態の子が多いです。
また、他の心臓病にも共通して言える事ですが、怪我した時のように治療すれば治るという病気ではないため、ひとたび治療が必要な状態にまで症状が進行してしまうと、あとは一生涯、治療を続けなくてはなりません。
とはいえ、この病気に罹患する子が多いためずいぶんと研究されているので、お薬は必要ですがきちんと健康管理に気を付けていけば、その子の寿命と言える歳まで元気に暮らしていくことも可能です。
ただし、こうした治療の開始が遅れてしまい、適切な治療がなされないまま病状が進行して後述の三尖弁閉鎖不全症と同じくうっ血性心不全にまで発展してしまい肺水腫を発症するところまで悪化してしまうと、長期間のコントロールは非常に困難となりあまり長くはもたないかも知れません。
また、この「弁の変性」は弁の動きをコントロールしている腱索というヒモ状の構造にまで及ぶため、何かの拍子にこのヒモが切れてしまうと途端に、急性心不全という重篤な症状に見舞われることがあります。
そうなってしまうと大至急、緊急治療が必要になります。
残念ながら日本ではまだ、これら心臓病に対する外科的治療ができる施設は限られていて、
急性心不全に陥ってしまった場合も多くは内科治療に頼るしかない現状があるため、助かるかどうかはその子次第ということになってしまいます。
三尖弁閉鎖不全症
僧房弁閉鎖不全症に次いで多いワン子の心臓病のひとつです。
その発生プロセスは僧帽弁閉鎖不全症と全く同じで、左側ではなく右側に起きた弁膜症の結果として発症します。
また、先天性に弁の形成異常があったり、感染したフィラリアが肺動脈から下りてきて弁の開閉を邪魔したりしても発症します。
三尖弁閉鎖不全症が発症すると、右心室から右心房への血液の逆流が起きるために肺への血液の流れが少なくなってしまって呼吸不全を起こしたり、右心房の血圧が高まる事で全身の静脈血が戻って来辛くなり、うっ血性心不全を起こしたりします。
ですが症状の進行そのものは比較的緩やかで、フィラリアによる急性の閉鎖不全でない限りなかなか発見されにくい病気でもあります。
また、多くの場合僧帽弁閉鎖不全症と併発していて、肺への血液量が少ないために僧帽弁閉鎖不全症の症状がでにくくなり、気が付いた時にはすでに重症になってしまっているケースも少なくありません。
治療は僧帽弁閉鎖不全症と同じく内科治療になりますが、ひとたびうっ血性心不全にまで進行してしまって胸水や腹水が溜まったり全身にむくみが出始めると、治療に対する反応が極端に悪くなり、あまり長くはもちません。
フィラリア症
みなさんご存じの、フィラリアという寄生虫が蚊から媒介されて感染する病気です。
最近ではフィラリアの予防もずいぶんと浸透してきたので、特に関東以北ではあまり見かけなくなりましたが、九州では温暖な気候のせいもあって今でもちょくちょく発生している心臓病のひとつです。
アカイエカなど、夏になるとその辺でよく見かける蚊が媒介する病気で、蚊に吸血された際にフィラリアの子虫が体内に入り込み、約1か月して血管の中に侵入して肺の末梢血管にたどり着きます。
肺の血管に定着した子虫は徐々に大きくなるにつれてより太い血管に移動し、成虫になると最終的に肺動脈まで下りてきて血液の流れを妨げ、肺血管の血圧を上昇させます。
ワン子の身体が小さかったり、大量のフィラリアが寄生して肺動脈に収まりきらなくなると右心室まで下りてきて弁の腱索に絡み付いて心臓の働きを邪魔したりします。
フィラリアが肺動脈に寄生すると右心不全を発症してしまい、咳をしたり全身がむくんだり、お腹に水が貯まったりして、最終的には亡くなってしまいます。
フィラリアに感染したまま表に症状が現れるまで放置してしまうと、その後フィラリアがいなくなっても心臓の状態は変わらず、症状だけが残ってしまう事になりますし、急性症状ともなると場合によっては発症から一晩で亡くなる事さえあるので、この病気は何をおいても予防が大切です。
また、よく室内飼いの小型犬の飼い主さんから「うちは外に出ないから」というお話を聞きますが、高層マンションの上の方(14階以上とか)にお住まいで、そこから外に出さないというのでない限りは蚊にさされる可能性があります。
最近では、ベランダでのガーデニングなどの水元が原因でかなり高い階で蚊が発生するという事例もあります。
また、大型犬であれば心臓も大きく血管も太いので1~2隻(匹)のフィラリアならほとんど症状は出ませんが、これがチワワなどの小型犬になると血管も細いのでフィラリアが定着する場所に困って、まったく違う他の血管や組織に入り込んでしまったり、心臓に下りてきて腱索に絡まって弁が動かなくなるなどの他、フィラリアで肺動脈が詰まってしまって起こる急性フィラリア症も、より少ない数の寄生で起こる危険性があります。
過去に、私が飼っていたシェルティ2頭はこの、フィラリアにかかっていました。
オスの方はシェルティの規格から外れるくらいの大柄で、そのためか慢性経過を辿りましたが、まだ1歳ちょっとの小柄な女の子は急性フィラリア症で亡くなりました。
先天性心臓疾患
動脈管開存症
動脈管とは、お母さんの胎内にいる間、肺呼吸を必要としないため肺を通らずに直接動脈に流れるための血管で、肺動脈と大動脈を繋いでいます。
この血管はふつう、生まれて肺呼吸が始まると数時間のうちに閉じてしまいますが、稀にこの血管が閉じない子がいます。
これを動脈管開存症と言います。
この病気ははじめ、血圧が高い大動脈側から肺動脈へと血液が流れ込むことで肺動脈~肺の血圧を上げてしまいますが、同時に、全身に送られるべき血液が足りなくなるために、それを補おうとして心臓は余計に働くようになり、左心室が徐々に肥大していきます。
この頃になると、僧房弁閉鎖不全症の時のような症状が現れるようになります。
左心室が肥大して血液を送り出す力が強くなるにつれ、さらに肺動脈への流出量が増えてしまい、ついには肺高血圧症になります。
ある時点から、肺動脈の血圧が大動脈の血圧を上回ってしまうと、血液の流出方向が逆転してしまい、今度は肺でガス交換する前の酸素の少ない血液が全身に回ることになるためチアノーゼを起こしたり、失神したりといった症状が現れます。(アイゼンメンジャー症候群)
この病気は、わずかな漏れ程度ですと経過をみていく事ができますが、大量に漏れている場合、手術で動脈管を閉鎖するしか治療方法がありません。
しかも、もしアイゼンメンジャー症候群を発症する段階まで進行してしまうともう、手遅れですので、早い時期での確定診断と手術に対する決心が必要となります。
もしこの病気の疑いが強い子がいた場合、当院での手術は現在できませんので、手術可能な病院をご紹介する事になります。
心室中隔欠損症
これもワン子に多い先天性の心臓病です。
左心室と右心室を隔てる心室中隔に穴があいたままになる事で、高圧の左心室から右心室へと血液の流出が起こります。
この場合、動脈管開存症と同じく、全身に回る血液量が減りますので、その分を補うために心臓が頑張る事になりますが、その結果心筋肥大を起こして穴が自然に閉じたり、通常の成長過程で穴が小さくなる事があります。
まだ初期の頃や、穴が小さければほとんど症状らしい症状は現れませんが、他の兄弟に比べて発育が遅れていたり、ほとんど遊ばなかったり、咳が出ていたりする場合、検査が必要となりますし、重症になってくると動脈管開存症と同じく、最終的にはアイゼンメンジャー症候群に陥ってしまい、あとは死を待つだけとなってしまいます。
咳やチアノーゼ、呼吸困難などの重篤な症状がない場合には食事療法を含めた生育環境の改善だけで良いケースもありますが、重篤な症状が現れるもしくは現れそうなほど大きな欠損孔が見つかった場合、早期に手術で穴を塞ぐ必要がありますが、残念ながら開心術(心臓を開く手術)ができる施設は限られています。
心房中隔欠損症
比較的多い先天性の心臓病で、胎児の時に左心房と右心房の隔壁に穴が空いていたのが、生まれても閉じないために起こります。
ただ、動脈管開存症や心室中隔欠損症のように、左右の血圧にあまり差がない場所なので、重篤な症状にはなりにくいですが、生後6か月を過ぎて、身体がほぼ出来上がってきて心臓の働きに対する要求が高まる頃から咳などの症状が現れる事があります。
この病気を持つワン子がもしフィラリアに感染すると、フィラリアの成虫が右心房を介して左心領域に侵入する事があり、全身に運ばれたフィラリアは末端の細い血管で詰まってしまって塞栓症を引き起こし、手足の先が腐ってしまったりと重篤な症状を引き起こしますので、確実な予防が必要となります。
私自身、過去に埼玉の病院に勤めていた折にシベリアンハスキーでこの「フィラリア塞栓症」で後ろ足が腐ってしまった子の治療を経験してますが、壊死してしまった足のいたるところからフィラリアの成虫が取り出されて修復は見込めず、膝から下を切り落とすしかありませんでした。
肺動脈狭窄症
先天的に肺動脈弁の部分が狭く血液が流れにくくなるために右心系の負荷が増大する病気です。
狭窄の程度により病状は異なり、重篤なものでは右心不全を発症して腹水や胸水が溜まったり、失神したり、突然死も起こりうる疾患です。
軽度のものでは無症状か、症状があっても内科治療で対応可能ですが、中~重度のものでは手術が必要となります。
狭くなっている部分を切り取って人工血管に置き換える手術や、足や首の血管から特殊なカテーテルを挿入して狭くなっている部分をバルーンで押し広げることで狭窄を軽減させる方法がありますが、これもまた、実施できる施設は限られています。
その他の心臓病
心筋症
心筋症は拡張型心筋症・肥大型心筋症・拘束型心筋症の3つに主に分類されます。
また、高血圧などに続発して二次的に心筋症になる場合があり、特定心筋症と言います。
拡張型心筋症
ワン子に多いのは拡張型心筋症で、グレートデンなど比較的大型の犬種に認められますが、中型犬種であるコッカースパニエル系でも時々みつかります。
拡張型心筋症の場合、左心室の筋肉が薄くなるために収縮力を失っていき、ゴム風船を膨らますように心臓が拡大していきます。
収縮力を失っていくため、血圧や心拍数が下がり、チアノーゼや失神、不整脈などの他、腹水などが溜まる場合もあり、治療中で経過が良好であっても突然死する可能性があります。
確定診断には心エコー検査が不可欠であり、診断後は継続的な内科治療で症状の進行を遅らせる事が目的となります。
ですが、特に比較的若くして発症してしまった場合その予後は大変難しく、平均余命はおよそ6か月から2年ほどと言われています。
肥大型心筋症
肥大型心筋症はニャン子に多い心臓病です。
ワン子と違ってあまり運動性が高くないため心臓に負荷がかかりにくく、また調子が悪くても普段でも寝ている事が多いため気が付きにくいのも特徴です。
また、この病気では血栓を作る事も多いため、病気に気が付かないまま症状が進行してしまい、ある時突然に腰が抜けたようになって立てなくなり、激しい痛みも相まって泣き叫びながらのたうち回り、口を大きく開けてハァハァしながら苦しみだして、そこで慌てて病院に連れてこられるケースは多いです。
ひとたび血栓塞栓症を引き起こしてしまうと、そこからの治療はヒトの脳梗塞と同じく時間との勝負となります。
ほとんどの血栓症が腹大動脈から下腿動脈への分岐部で起こるため、外科的に取り除く治療もありますが、極めて高い再発率も含めて成功率はあまり高くありません。
当院では主に、血栓溶解剤を用いて内科治療を行っていますが、最大限の効果が期待できるのは発症から3時間以内で、8時間を超えてしまうと予後は良くありません。
また、血栓が1か所ではなく、腎動脈や肺血管などあちこちに詰まってしまう場合があり(フラッシュシンドロームと言います)その場合は例え素早い治療ができたとしても予後は良くありません。
また、詰まる場所が上記の場合は見た目ではっきりと判る症状を示すため、確定診断は容易ですが、肺血管や腎動脈にだけ詰まった場合などは、通常のレントゲンや血液検査だけでは確定診断ができず、腎動脈に詰まった場合は(急性)腎不全とだけ診断されてしまい、原因治療にたどり着けずに亡くなってしまう可能性があります。
そのため、いかに血栓症を発症する前に早期発見し、早期治療を開始するかが重要となります。
獣医師もなかなか気が付きにくいため、治療経験の豊富な病院での定期的な健診が唯一の予防となりますが、ひとたび心筋症と診断されて早期に治療ができたとしても、常に突然死の可能性があります。
特定心筋症
私の経験上のお話ですが、特に慢性腎不全を長年患っているニャン子が、腎不全に伴う腎性高血圧症が原因になるのか、未だ確定はできておりませんが、ある時心筋症を発症するケースが、近年増えてきています。
症状は上記肥大型心筋症と全く同じです。
慢性腎不全を発症してしまったニャン子は、腎不全の治療と同時に定期的な血圧と心拍数のチェックをしていく必要があります。
ほとんどが長期間、慢性腎不全を患った末に老齢になってから心拍数が上昇し始めて発覚するため、同じく老齢猫に時々見られる甲状腺機能亢進症との鑑別が必要不可欠となります。