院長からのお便り

2012.12.14更新

先日、あるワン子が亡くなりました。

ラムちゃんという、とても大人しくてお利口なシェルティの男の子でした。



およそ一か月前、初めて来院された時は、

主訴が下痢だった事もあって、しつこくお腹を触診して何も触らない事は確認してありましたがその時

片方の睾丸が下りてきていない事にも気がついて、

歳もとっていた子だったので下痢が治ったらどこかで陰睾の手術を・・とお勧めしたところでした。

ところがそれからおよそ一か月後、再び下痢になったとの事で来院されて

前回と同じように診察を進めていく中でお腹を触診してみると・・・

下腹部に触れた瞬間にそれと判るほどに巨大な腫瘍ができていました。

わずか、たったの一か月で、その子の状況は激変していたのです。

精巣癌の徴候のひとつでもある貧血が少し見られ始めていた事と

なにより急激な腫瘍の成長に、

もしかしたらまだ癒着など生体反応が追い付いていなければ無事に摘出できるかも知れない・・

と、お母さんとも相談して手術に踏み切りましたが、

残念ながら、腹筋にまで広範囲に転移してしまっていて、腫瘍部分には到底手を出せる状態ではありませんでした。


         上:癌化して歪に変形している睾丸
         下:お腹の中のリンパ節に転移して大きくなった癌


この子のように腫瘍が急激に巨大化するケースは、僕の経験ではそれほど多くはありません。

しかしここまで急激ではないにせよ、

ある程度の年齢(およそ4~5歳)になると腫瘍化(癌化)してしまう子はとても多いです。

陰睾が腫瘍化する確率は正常な精巣の13倍というデータもありますが、

僕がこれまで診てきた中で腫瘍化が確認できなかったのは

陰睾の手術を受けた子か、転院したり亡くなったりして確認できなくなった子だけですので、

個人的には腫瘍化率はもっと高く感じています。



博多に開業して、まだまだ少ないながらワン子の診察をしてきた中で

陰睾(潜在精巣)の子が異常に多い事に驚いています。

4月から11月までの間に来院されたワン子達、およそ400頭ほどの中に、

すでに10頭以上の陰睾の子を確認しています。

以前働いていた川崎でも年に2~3頭はいましたが、年間の延べ診療件数1万余の中の2~3頭ですので、

その確率は非常に低く、至って自然な発生の仕方だったと思います。

では何故ここではこんなに多いのか?

たまたま偏って診察していただけなのか?



陰睾は遺伝する病気なので、

これだけ発生が多いということはつまり、

陰睾の子を使って繁殖させている飼い主さんや、業者さんがいるという事と、

陰睾の子の繁殖をさせないようにとの啓蒙がいまひとつ浸透していないのでしょう。

中には、陰睾側の睾丸だけ摘出して生殖能力を残してある子もいました。



陰睾は劣性遺伝としてその家系に伝わる奇形なので、

直接陰睾だったワン子からだけでなく、その子孫から隔世遺伝を起こす可能性もありますから

今となってはもう、今いる陰睾の子から血統的に遡って原因となる家系を見つけるのは難しいでしょう。

ですが、陰睾の子をその都度手術して、その子が癌で亡くなってしまう危険を回避しつつ、

将来同じような目にあう子を減らすためにも

今からでもこの病気の子達の去勢手術をしっかりと広げていければ

いつかラムちゃんの様な不幸なワン子を減らせる日が来ると信じています。

投稿者: 博多北ハート動物病院

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